(8)心尽くし《10月―天国と地獄のあいだには》 ~2002年10月の記録 ∬第8話 心尽くし 朝から朝食の支度に精を出している。 滞在中に母がすっかり気に入ったブロッコリーを多めに塩茹でし、前夜から洗って細かく切り、鍋に入れて準備していたほうれん草を時間をかけてソテーする。 母には糖尿病の気があり、パンなどでんぷん質や糖類を多く含む食品を取ることができないのだ。しかし、田舎の自給自足生活では食材は限られていて、普段の食生活の中心は自身の畑から獲れるブルグル(挽き割り小麦)や豆、トマト、キュウリ、玉ねぎ、ピーマンなど。朝食にパンが食べられなければ、お腹が一杯になろうはずがない。いけないとわかっていてもやっぱり食べてしまい、しばしば苦しんでいるらしいのだ。 少しでも野菜、それも町に下りないと手に入らないようなものを・・・と自分なりに考えてみた朝食だった。 定番のトマトやキュウリもたっぷりとスライスし、スジュック(香辛料のきいた辛いソーセージ)を薄切りにして炒め、その油で卵を炒める。 家族が到着する日の前夜に作っておいた新鮮なマーマレードとリンゴジャム、ハチミツ、2種類のオリーブ、白チーズをすべてダイニングテーブルに並べると、いつになく豪勢な朝食になった。 今日はバイラムの日であると同時に、家族の誕生日でもある。 朝食後、夫は子供たちを連れて外出した。今日の夜行バスで田舎に帰る家族のバスのチケットを買いにオトガル(バスターミナル)に行き、帰りにケーキを注文してくるのだ。 今度は妹たちがふたり揃って外出。ギブスをはめた妹が外出するとは、散歩というのは口実で、プレゼントを買いに行くのだということにすぐに気付いた。 母とふたり残された私は大急ぎで掃除機をかけ、床を雑巾がけした。人が一人増えただけでもいつもの1.5倍は汚れるような気がするのに、小さい子供が2人追加したことの影響は、床に点々と落ちたパン屑やら、ジュースの飛び散った跡、クレヨンの粉などを見れば歴然だ。 散歩から帰った妹たちは、我が家の子供たちだけなく私にもヘディエ(プレゼント)を用意してくれていた。トルココーヒーを家で飲む習慣がない我が家に、ジェズベ(コーヒーを沸かすための専用のひしゃく型の鍋)も専用のコーヒーカップもないことを知り、買い求めてくれたのだ。 私の方も母と妹たちに一つずつヘディエを買いたいと考えてはいたのだが、一緒にショッピングにでも出掛けた時に気に入ったものを選んでもらおうとのんびり構えていたところ、目の回るような忙しさで、とうとう家族が帰る日になってもそんな時間はできそうになかった。 ふと思いついて、娘たちが着られなくなった子供服を捜してみたところ、いただきもののブランド子供服がほとんど新品同様の姿で出てきた。男の子と区別のつかない中間色のスポーツウエアばかり着せられている3番目の妹の子供たちは、赤に水玉のワンピースや赤色のサロペットが大層気に入ったようで、妹の方も喜んでくれ、ホッと胸をなでおろした。 それに、我が家に来てからというもの、妹の子供たちが1日中手放さなかった破れかかった人形用のベビーカー、古くなって廃車同然の本物のベビーカーも、喜んでもらってくれることになった。 我が家にある物でいいならと、焼物の好きな3番目の妹にはチェレズリッキ(ナッツ等おつまみを入れる小鉢)にちょうど良さそうな和陶器を、ロマンティックな物の好きな2番目の妹には使っていないハンカチと髪飾り、小さな置時計をプレゼントした。 母には100円ショップでまとめ買いしておいた扇子のうち、渋めの一本を。 こうして、始終頭の中から離れなかったヘディエの心配もなくなり、あとはわずかな滞在を楽しんでもらうことだけを私は考えた。 つづく ∬第9話 家族の集い |